「インサイト中心の成長戦略」論旨
2024.08.21
コラム
執筆のモチベーション:
大変幸運なことに上場会社の取締役、ベンチャー企業の代表、アドバイザーという立場で事業創出の実務に携わる機会を多く得ることが出来た。
多くの先輩や実務を通じ事業創出を学んで行くことが出来、最近では一定の再現性があるようになってきていると感じている。
一方で実業家らが実践している方法は世間一般では驚く程知られていないか、誤解されていることに課題意識を抱くようになった。
例えば「弊社ではPEST分析を行い、SWOT分析を行い対象業界について5 forcesを適用し、ビジネスモデル・キャンバスを描き…」というフレームワークのパッチワークを使っているというケースに出会うことは珍しいことではない。フレームワークのパッチワークは穴埋め作業を大量に発生させるが事業を実際に作るという目標とは乖離していく。
このような状況に対して実業家らが実践している方法を読み解き、シンプルな方法論としてまとめて、企業の新領域への進出を促進したいというモチベーションを持つこととなった。
本書が提唱する方法論の特徴
書籍やブログでそれぞれ詳しく説明していこうと思うが、本書の主な主張は以下である。
対象領域:
- 企業は自社の能力に強烈に制約されている。その制約条件を正確に把握し事業領域を定める必要がある。
- 新たな能力獲得を必要とする事業領域へ行くことを望むならば、投資意思と共にある必要がある。新たな能力を獲得するには自社で下積みをする以外にもM&A・マイノリティ投資を活用することで時間を短縮できる。
- 能力による制約条件を無視して検討を開始することはできるが検討の後半において「自社は競合に勝てるのか」「そもそも勝つ以前に、本事業を小さくとも成立させる能力があるのか」「誰が主担当者として推進するのか」という問いにぶつかることになる。この問いに対して、現在は能力を保有していないが大胆な投資(M&Aやキープレイヤー採用)により獲得するという考えを持っていないならばそもそも飛び地に向けた検討は無駄に終わる可能性が高い。
- 対象領域を規定することは企業の中長期戦略そのものである。「自分らは〇〇がしたい。現在は〇〇という能力を持っている。今後自社の目標を達成するためには、現在保有する能力を踏まえていくと〇〇という領域を攻略するべきだ」という主張をできる必要がある。バズワードなどに惑わされるようなものであるべきではない。
- 対象領域を規定することで、意思決定は高速化され、資産(情報、顧客やサプライヤーとのネットワーク)は複数事業に跨って共有することができる。
自社の能力:
- 自社の能力は、現在自社が利益を得ることが出来ている理由を解き明かすことにより把握することができる。
- 能力は主に「企画・デザイン」「製造・サービス提供」「営業・マーケティング」を組み合わせたシステムとして説明することができる。
- 利益を生む理由になっていなものは自社の中核的な能力とは規定されない。特許技術や顧客基盤は新たな領域へ進出する契機にはできるが、持続的な優位を保証しない。この2つは特に自社の能力を語る際には過大評価される傾向にある。
- 能力獲得には時間がかかり高い不確実性が伴う。新たな能力獲得を習慣としていなかった企業にとっては特にそうである。企業は日常的な能力獲得を行うことにより、常に自社の事業領域を拡大させ続けることができる。これを実現するには常に新規顧客層の開拓・新商材の投入・新規事業への挑戦を習慣として続けるべきだ。
インサイト:
- 本書においては戦略の中核的な要素を「インサイト」と呼ぶ。
- インサイトとは「顧客が深刻に求めている価値がある。しかし現在先行者らは顧客を十分に満足させる商品・サービスを構造的な理由(大半は組織的な理由)から提供出来ていない。自社であればそれを提供できると自信がある」ということを論拠付きで述べたものである。
- インサイトを発見するには顧客および先行者らとの対話を重ね、自分のアイデアに対するフィードバックを繰り返し得ることが有効である。調査から把握できる情報は限定的である。
- インサイトは客観的に説明困難であり、背景知識・経験を共有する人らとしか共有できない。他人に説明をし投資を受ける・承認を得るにはインサイト自体よりも、小さな販売実績を作った方が効果的である。
事業立ち上げ:
- 事業立ち上げを行うためには熱意のあり、多くの時間を集中している事業リーダーおよび機動的な体制が欠かせない。この2つを欠いては、どのような戦略を描こうと事業を成功させる難易度が極めて高くなってしまう。戦略策定と同時に機動的な運用体制構築に務めるべきだ。
- 機動的な体制とは権限に対して一定の制約はありながらも事業リーダーを中心に構成される実行組織が単独で即座に戦略を変更できる状態のことである。この体制は経営陣・部長層も巻き込んで構築するべきだ。
- パートタイムで事業立ち上げを行うことはスピードを大きく毀損する。少なくとも1名は3ヶ月間事業立ち上げに100%集中をさせるべきだ。また事業リーダーは社内ではなく、顧客に向き合う状態である必要がある。スタートアップ等にとってこれは当然であるが、企業内で事業創出に取り組む場合、事業リーダーの半分以上の業務は社内向けであることは珍しいことではないが成功確率を大きく下げる。
- 事業リーダーは毎日、事業目標・現状と目標との差分(課題)・課題解決に対して有効な施策を説明することが可能であり、行動している必要がある。それをしていないならば事業立ち上げに取り組んでいるとは呼べない。
共同研究・ディスカッションへのお誘い
素晴らしい友人らの協力により、具体的な事例を元に方法論を一定整理出来たのではないかと感じております。一方で本書で述べた方法以外のアプローチがあることは認識しております。
また自分自身の考察が完璧であるとも当然考えておりません。
今後も様々な事例を元に、研究活動は継続して参りたいと思っておりますので「共同でレポート・論文を書いてみたい」「事例解釈に関する議論をしてみたい」という方いらっしゃれば是非ご連絡頂ければと存じます。
講演に関して
ありがたいことにfacebookへのポスト以降、複数件講演の依頼を頂くことができました。今後は発信活動にも力を入れていきたいと考えておりますので是非ご連絡頂ければと存じます。