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自社の能力はなにか・どのように拡張をするべきか

2024.08.31
コラム

自社の能力は非常に強力な制約条件

本書の主張の1つとして「自社の能力は非常に強力な制約条件」として認識するべきというものがある。

新規事業を立ち上げる際には必ず「自社の強みはなにか・持続可能な優位性を持ち得るのか」という質問が出ることになる。更にはその手前で「そもそも競争が発生する前に、計画した事業を立ち上げるという基礎的なことは出来るのか」という疑問も発生するだろう。

大企業でこの問いが問われることは言わずもがな、これから新たに創業する会社であっても創業者ら自身の能力を踏まえた上で事業を選定することは極めて重要となる。

対象領域選定の際には市場規模、成長率などは議論されるが、まず優先的な論点として「能力の制約」を踏まえるべきだ。

2種類の能力を定義する

ここで2種類の能力を考えよう。これらは別のものとして認識をする必要がある。

点としての能力:特殊な技術や販売方法、既存顧客との良好な関係性等

システムとしての能力:企画・製造・販売機能が組み合わさり利益を継続的に生むシステムがある

新規事業ではシステムは最初からあるわけではないので、「点としての能力」を活用して参入を行い事業を運営する中で「システムとしての能力」を完成させていき持続的に利益を生む体制を作るという流れになる。「点としての能力」は単体では収益を生まない、それを利益に変える「システムとしての能力」が必要になり、これこそが強い模倣困難性を与える。

また「システムを作り上げる」というのは難易度は高く、同じ企業内において全く異なるシステムを複数作るというのは難しい。企業毎に得意なビジネスのタイプというものがあり、それは企業が持っている「システム」によって規定されている。
自社のシステムと大幅に異なるシステムを要求されるビジネスは大きなリスクテイクをする判断となる。必ずしも否定されるものではないが、別のシステムを構築するには完全に別会社を作る・買収するというアクションを想定した方がよいだろう。

システムは他のシステムに対して排他的な行動を取る。例えば完全フルコミ営業の給与体系と年功序列的な給与体系が併存困難であることを想定してもらえば分かる通り、システムを併存させることが難しい。「M&Aを行い統合をしようと思ったが文化が合わなかった」という事例も多いように、システムは十分近いもの同士でないと統合させることは困難である。

このシステム同士の排他性を踏まえた上で新規事業を考案しなければ、細かい論点は様々あれど、自社のシステムとの相性が悪いという時点で大きなリスクを負うことになる。

「自社の強みはなにか」に対する回答方法

新規事業の際に必ず問われる「自社の強み」はなにか、であるが回答方法としては典型的には以下のようになる。

・「点としての能力」を活用し特徴のある商品としてまず参入は出来る(ただしこの時点ではシステムとしての能力が不十分である)

・今回の事業で構築するべき新たな「システムとしての能力」は自社が現在持っているシステムとそう遠くはないため新規採用および実務経験を積むことにより十分獲得出来る

・システムとしての能力が備われば「持続的な優位性がある状態」になる

システムベンダーの新領域進出を考える

やや分かりづらいと思うので例を挙げよう。これは私が以前経営していたシステムベンダーのケースである。

このシステムベンダーは主には大企業や自治体向けに年間300万円~1500万円程チャージ出来るシステムやコンサルティング事業により継続的に利益を生み出していく「システムとしての能力」を持っていた。

ここで新規事業を考えるとしよう。まず点としての能力である「特殊な技術」に注目する。技術としては「非定型的な定性データを分析・検索・要約する技術」に秀でいたとする。

コールセンターに対してFAQ検索のエンジンを販売をしていたが、VOC分析ダッシュボードというもの開発し追加で売る方針とした。

この商材は企業が元々持っていた「システム」に乗っているので円滑に立ち上がりやすい。

上で紹介した「自社の強みはなにか」という問いへの回答方法は以下となる。

・既存顧客に対してVOC分析ダッシュボードを売る、他社のダッシュボードもあるが自社の「特殊な技術」を活用すれば他社には出来ないことも可能で、選んでくれる企業もあるだろう(ただしこの時点ではVOC分析を提案するために必要な営業体制などは不十分)

・対象顧客は現在の主要顧客層と重複が多く営業・マーケティング方法も大きく変わらない。VOCという商材なので営業対象窓口は違う可能性があるが、社員の中には過去マーケティングに携わっていた者もおり半年でも努力すればキャッチアップ出来るのではないか

・製品面の進化および営業・マーケティング体制の確立を行えば競合に対して十分な優位性があると思われる

一方で同じく「特殊な技術」を活用したとしても「システム」に乗らない事業は立ち上がりづらい。例えば金融関係の定量・定性データを分析しダッシュボードとして提供するコンシューマー向けのビジネスを立ち上げ月額300円で提供することを考えてみよう。

これはこの企業が持っている「システム」には乗らない。

BtoCの商品を企画・設計したことはなく、マーケティングも行ったことはない。このシステムを新たに作らなければ事業は成立しない。

新たに採用を進めシステムを作り上げていくことは出来るが、BtoBの新たな商材を立ち上げれば一定程度売上見込もあり、社員も慣れているため即座に適切な行動を取ることが出来る。それでもこの企業はBtoCに進出するべきなのだろうか?という問いに直面する。

ここで挙げたように「点としての能力」を活用し参入は出来たとしても「システムとしての能力」が組み上がらなければ事業は成立しているとはいえない。そして「システムとしての能力」を構築するには時間もコストもかかり大きな不確実性を伴う。

結果的に企業はおおよそ少数の「システムとしての能力」を中心に経営されることになる。

所属する社員の気質もシステムにより規定され、システムと社員は相互に強め合う。ビジネスモデルが類似であれば異なる企業間であっても社員の気質が近いように感じられるのはそのためである。

能力はどう拡張出来るのか

「点としての能力」はどう拡大していくべきか。

特殊な技術を強めたければR&D投資を行い、実務で使うということを常に行い続ける。

顧客との関係性を強化していきたければ常に顧客社内へより深く浸透をしていく施策を取り続ける。

一方で「システムとしての能力」はどう拡張させるのか。これは常に新商材開発、組織体制の整備、新たな営業・マーケティング方法の発見と活用といった地道な行動を日々取り続けるということになる。この行動をしてこなかった企業は時代遅れになってしまったシステムに自社の方針を制約されることになり、手詰まりとなる。

そうならないためには自社の「システムとしての能力」拡張は常に意識的に投資をし続ける必要がある。経営者は意識的に「システムとしての能力」を日々拡張していけているのかを確認する必要がある。

点としての能力を過大評価しない

実際に持続的な優位性を与えるのは「システムとしての能力」であることが基本だが、分かりづらいためどうしても目立つ「特許技術」「大きな会員組織」のような「点としての能力」が注目されがちである。

ただし実際に利益が持続的に生まれている要因を「点としての能力」に求めることは難しいことが多い。
表面的に似たようなプロダクトを持っていることと、裏側に「システムとしての能力」が備わっていることは全く異なる状態である。

点としての能力はあくまで新たな領域に参入する契機、初期の製品に他にはない特徴を与える程度のものと認識するべきではないだろうか。

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