新たな事業を常に企画し、創出することを試みることは企業にとって日常に浸透しているべきと考えているため「事業創出プログラム」の運用が目指すべき姿とは思っていない。
一方で突然日常化をするべきと言っても浸透しないため、最初のステップとして敢えてプログラムとして取り組むことは妥当だろう。
幸いにして様々な企業のプログラムに対しては設計、アドバイザリー、審査などで関わる機会を得た。その経験を元にして今回の記事ではそのようなプログラムを設計・実施するのであれば、どのようにするべきかという私の考えを述べたい。
*実際に有効に機能しているプログラムは実に少ないことは認識はしている。あくまで社風・考え方を変える初期的な施策として読んで頂きたい。
書籍中では自社が利益を生み出す「システムとしての能力」に対して注目し、そのシステムを大幅に逸脱せず「少しの変更を加える」程度で実現出来る範囲で事業機会を探索することが基本と述べた。
特許技術や顧客基盤は分かりやすいため自社の能力把握というものをする際には注目されがちであるが、その能力は参入の契機にはなるものの、新領域における勝利を保証しない。
模倣困難性があり、利益を生み出すのは「システムとしての能力」である。
この「システムとしての能力」は特に以下の個別の能力に注目すると把握しやすいだろう。
・新たな商品・サービスを企画する能力
・商品・サービスを製造ないしサービスを提供するオペレーション能力(この要素としてマネジメントがある)
・原材料・人員を調達する能力
・営業・マーケティングによる販売能力
これらの能力を誰が・どのようにして発揮し、結果的に利益を生み出すことが出来ているのかを把握することで自社が持つ「システムとしての能力」を把握することが出来る。特定の能力だけに注目する「点の能力」としてではなく、各要素が連結しどう利益が生まれているのかを詳細に把握している必要がある。
このシステムから大幅に逸脱している事業を成功させるには大きな投資・買収・長い赤字期間を覚悟する必要がある。その覚悟がないにも関わらず、既存システムに乗らない、将来的にも統合される可能性がない事業に取り組むことはリスクが高い。
システムの能力拡張は「少し」に見えても容易ではない。例えば、英語教育事業のプログリットは個人向けの事業で大きく成長したが、創業から数年間は法人向けの売上を成長させることは容易ではなかった。これは法人営業の経験者がいなかったことに起因する。
プログリットは法人営業の経験者を採用し「法人に対して英語教育を販売する」の能力を身に着けた結果法人向け売上を伸ばすことが出来た。このように「少し」の能力拡張に見えても新規採用などの施策を取らなければ容易に実現出来るものではない。
自社が進出するべき領域を実務を通じたインサイト、構造変化、社員らの情熱などから発見しよう。特に即効性があり、成果につながりやすいのは、実務を通じたインサイトから領域を発見する方法である。まず実務に携わっている営業・技術系の担当者らにヒアリングを実施しインサイトを探すべきだ。
顧客との接点が多い現場社員は、多くの初期的なインサイトを持っている。これを優先して把握するべきだ。新領域への進出を常に模索したいならインサイト発見は日常業務に組み込まれているべきだ。
ここで「初期的インサイト」と言っているのは論拠にはかなり乏しい状態であるからである多くの場合は単一の顧客が話していた内容やイベントで聞いた話しなど、かなり少ない量の情報から構成される。しかしこれで全く構わない。
現場で得た経験と微量の情報から作られる「初期的なインサイト」は大きな価値を持ち検討の出発点となる。
その領域に自社が進出する価値があることを調査を通じて把握しよう。調査は簡単に、早く行うことが重要である。ここに時間をかけ過ぎるべきではない。また、調査前に初期的なインサイトを発見できていることが前提である。全くインサイトがない状態で、調査を行ったとしても有効な参入戦略を描ける確率は低く時間を無駄にする。
この領域調査においては特にインタビューを活用することは有効な調査方法である。
対象領域に参入するには、より正確なインサイトが必要となる。
顧客や先行者らと度重なる対話を通じインサイトを発見しよう。早期に専門家の意見を取り入れながら、顧客にプレゼン可能なアイデアを作り上げ、プレゼンとフィードバックを繰り返すことにより正確なインサイトを捉えよう。ただし「正確な」と言ってもこの時点で議論を出来る顧客の数は10名に満たないことが多く得られる情報はやはり限定的ではある。事業を開始した後に戦略を大幅に修正する可能性も十分に認識するべきだ。
議論の過程で練り上げられた事業アイデアは、結果的に初期的なインサイトと全く違う形になっても構わないが、自社の能力の範囲内に収まることに注意しよう。
実行可能な戦略とするには「少々新しい能力を獲得する」という程度でないと実現しないことが多い。新たに必要となる能力があまりにも多い場合は、相応の投資を覚悟する必要がある。この場合にはM&Aを含めて検討したい。
ステージを細分化し、事業リーダーに説明を求めることは事業創出に際して大きな障害となる。たとえ事業リーダーの素質がある人間でも、モチベーションを大きく削がれる。場合によっては退職に追いやってしまう。
細分化されたゲートや大量のフレームワークを盛り込むことでプログラムの管理者が「進捗がある」と安心したい気持ちは理解するが、フレームワークの穴埋めや報告会を何度行っても事業として進捗があるわけではないという現実を直視するべきだ。
ゲートの細分化と大量のフレームワークは事業を生み出さない。
一方で全く不明なものに投資はできない。
最小限のゲートとして本書は「顧客の購入意思確認」「販売実績」という二段階を提案する。
顧客に対して自分のアイデアをプレゼンし購入意思確認をまず行い、社内に示す。これで小規模な予算投下を許可する。これはクラウドワークスが行った方法でもある。クラウドワークスは事業を実際にスタートする前に30社からの発注確認を既に行ってから事業を開始した。
次に少量でも構わないので販売実績を提示する。「顧客が実際に金を払ってでも使い続けるのか」という事業における最大の課題をここで乗り越える。
ここでは「論理」によるゲートではなく「顧客の行動」によるゲートである点が重要である。論理というものはあまりに複雑である実際のビジネスを進めていく上ではあまりに頼りない。また客観的な説明はほぼ不可能であるため、様々な反対意見を跳ね返すことが困難である。唯一信頼できるのは「顧客の行動」と位置付けている。
熱意のある事業リーダーが集中できる状態、例えば少人数のチームに権限を持たせることで社内説明を必要としない状態にすることで、機動的な体制を作ることができる。これがない状態で事業を立ち上げることは極めて難しい(事実上不可能であると言っても良い)。事業立ち上げるには、この体制があることが前提となる。
この体制は短期に構築をすることはできない。組織図を変更したからといって即時機能するものではない。この体制が自社にはない、と思ったなら、新規事業に対して取り組むことを習慣化し、組織が機動的に動ける状態にしていこう。
また事業リーダーに権限が集中されるためには、リーダー自身に対する信頼が醸成されている必要がある。全く実績・信頼のない人間に権力は集中させられない。
事業創出においては想定外の事態は必ず発生する。機動的な戦略修正を繰り返しながら事業を立ち上げていくようにしよう。
そのためにも事業リーダーは前方(販売現場)にいる必要があり、顧客への営業・マーケティングを牽引するべきだ。初期は苦労するが可能な限り早期に、何に投資をすれば事業が伸びるのかを小さな実績から発見し、集中投資段階へ移行しよう。
事業リーダーは除々に前方業務(販売現場)から後方業務へ移行することになる。事業を成長させていくための重要課題が「商材自体」から「利益を生むシステム構築」に移行するためこの動きは妥当である。
経済的なリスクが発生するのは集中投資段階以降となる。
その時点では販売実績を見ることができるので、リスクの管理自体は比較的行いやすい状態にある。
それ以前であれば小規模な予算投下となるため、発生するリスクとしては経済的な損失としては大きくない。より懸念するべきはインサイトが発見できないというリスクである。
インサイトは偶発的に発見されるため、とにかく発見確率を上げるように動く必要がある。これを実現するには、発見確率の向上および試行回数を追求することになる。
即ち、事業創出の考えを共有した上で、より多くの社員が顧客・先行者との対話数を増加させるということである。
販売実績を伴い集中投資できる対象が発見できたということは、偶然の上に生まれた奇跡のようなことだ。
事業のポテンシャルを引き出し切るために集中投資を行い、成長を加速させよう。集中投資の判断を先延ばしにしすぎると、次第に競争力は失われ、事業立ち上げを牽引した社員たちのモチベーションは著しく低下してしまう。さらには社内に向けても「この会社は実績がある事業にも、いつまでたっても投資しない」という悪いシグナルを発信することになり、次の事業創出を妨げてしまう。社内へのメッセージ性も含めて集中投資は行うべきだ。
ここまで書いたが世の中で成功事例とされている新規事業プログラムも含め、ほとんど機能していないことは十分に認識している。この理由としてはあまりに「仕組みで新規事業を作りたい」という誘惑が大きすぎ、結局はゲート・フレームワークを作ったが中身となる人間を伴わないことにあるのではないか。重要なのは事業を立ち上げられる人間が如何に社内に存在し続け、かつその人を後押しする環境があるかであって障害となるようなゲートやフレームワークを多数設けることではない。
ゲート・フレームワークを作れば、どのような人間が運用しても事業が生まれるということは実務上はないだろう。実態のところは事業をやれる人間にとってはゲートは迂回するべきもので、経営陣に直談判でやってしまう、無許可で開始して後から許可を取る、そしてプログラムに乗ったように見せるという行動を取ることになる(会社としては迂回路が取られたのではなく、正式なプログラムに乗って事業が生まれたのだと主張するほうが好都合である)。
あくまで社風を変えるため・事業を生み出す機運を醸成するための組織的な施策という立ち位置に留まるだろう。目標としては新規事業プログラムを通じて事業を作るというより、プログラムを補助輪としながら一連の流れを体験していくということになるのではないか。最終的には日常に、事業を生み出し続ける考えが浸透し「新規事業プログラム」は姿を消すということを目指すとよいのではないだろうか。サイバーエージェントでは実際に日常に浸透した結果、新規事業プログラムは廃止されていった。